発信の目的 → 知ってもらうことに尽きる
当然のようで、できていないのが現実でしょうか。
また、世の中において実は多い傾向にあると感じるテーマでしょうか。
というよりも、できていると思っていても知ってもらうべくコアに伝わっていないというのが正しい言い方だと学びより感じています。
発信、ついてくる目的。のちに知ってもらうこと。
私が行政の仕事をして多くの場面で痛感する「もったいない」ということはこの部分にリンクすると思います。
そして、「伝わる」、「選ばれる」ということは自分自身の発信がゆるかったり、ドーンとだったり何にせよ効果的に相手に何か訴えられた!ということでしょう。
自分に置き換えても日常において多くの場面で体感しています。
この一連の流れ(良さを発信 → 選ばれる)をブランディングというらしい。
人間日々ブランディングの中で生きているんですね。
ここで選ばれないということは「存在しない」という価値観になってしまう。まさにもったいないです。でも考えてみると私自身もきっと数え切れないくらいの数多くのもったいないをしてしまっています。(反省)
このBlogをはじめてからも、今も書いていて効果的なのか、なぜ書くのか、とかとか自分も試行錯誤しているのが本音。ただ止まりたくないのは止まったら終わってしまう気がするので、私が「これだ!」っていう型であったり軸足を定めるまではしばし遠回りをしていくのも悪くないか、とも考えています。
話を戻しまして個人的に、官の業務においても現実問題もったいないことはあると思っています。そこをどうフォーカスして改善していくか、かなり大きな課題ではありますがこのことは世間全般に共通するコストパフォーマンス的な見解でしてどんな仕事や生活、スポーツの世界でありあらゆる面で共通項ではないのでしょうか。そんな中で官の様に税で運営している立ち位置の人間としては自分の仕事において最大限取り組む必要性があると感じる私。
ブランディングの強みとして、他に巻き込まれず自身から何かしたい=価格や価値観の競争原理と戦わずして得られるということ。
ただし、昨今世の中に多くなっていると感じる一過性にしないための維持であり唯一無二の価値を提供し続ける努力を怠ってはならないこと。
上記を忘れた時には積み重ねも崩れてしまいもったいないになってしまうんで気をつけたい限りだったり。
広報活動だったり
表向きの広報活動とかに関しては官も得意?というかいわゆる公平性において通知をするので一応?という言葉を正しく使ってよいかは不明だが周知している。
個人的には周知している「ポーズ」であって現実的に上記に書いたように「コアに伝わる」かどうかは「?」だと率直に感じています。
このことは官の難しい部分だと思うのですが、やむをえないのですがイベントやコトにおいての温度差のふれ幅が大きすぎる気がします。
なのに公平性とか、なんだか矛盾がしてならない。
官にいるとこのような発信や意見に対して物議を交わすため控えるように言われているのかわかりませんが、自分は今回のNPO法人MyStyle@の研修プログラムを通じてドンドン積極的に意見交換し合えばいいといい、という見解であり立ち位置に変わりました。
官の人間こそが広告塔になって「いいね!」を地域に発信することが何か問題なのか?
人間は好みが違うのだから絶対に好きな行事が同じなんてことはありえない、そうであればそれぞれが好きなイベントを発信してあげればいいだけでは、と感じています。
自分がフォーカスしている城下町マーケットにおいても市の職員が来てくれたらすごい喜んでくれています。
よく聞く話で官の人間は私生活においてもナントカ、と言ったものですがそうであれば地域の現場で起きている、存在している何かを伝えるべきことも官の使命的なものではないのかと感じる私。
そんな職員が増えたら結構その地域はつながって自身の町でお金もヒトも流れがよくなってローカルでもいいスパイラルが生まれるのではないのでしょうか、なんて。J
少し話がぶれましたが、市の広報も事務的すぎず、多少近隣他市と違ってもユニークでいいのではということです。
紙媒体からはじまりSNS、WEBサイト、ラジオ、やローカルテレビでもいいです。
あらゆるメディアに対して官の人間が働きかけて地域にあるヒト・コト・モノであり場を熱量ももって動けばきっと!?地域は見る目が変わって官を応援してくれるはずです。
偉そうに言いましたが距離感を大切にしたい私としてはそんな難しく考えずに手弁当で動ヒトが増えたら案外簡単に変わると思うので書いてみる。
(そのために率先して動きます)
次回はイベント開催の続きだったり。
(内容濃すぎてまとめられず…ありがたやありがたや。)